次は、エッセイストの大石邦子さんから寄せていただいた体験です。
「早く手術したほうがいいね」
私の最も信頼しているお医者さんに、目の手術を勧められて、もう2年になる。 私は大きな病気をして、10年以上も入院生活を送ってきた。目の手術ぐらい何だと、言われそうだが、やはり手術は怖い。 以来、逃げるように病院に行っていない。
網膜に、何かが増殖しているらしい。先生は、しばらくその増殖の度合いを監視して下さっていて、手術しかないとの結論だった。白内障もある。白内障だけなら、すぐにも手術をしたのだけれど…。
右目の視力が、ほとんど無かった。しかし、左の目が未だ見えるので、私なりに見えていた。私の世界は、長いこと、こういうものだと思っていた。
そんな折に、カナダから来日されたウド博士の講演を聴く機会に恵まれた。「オイル」の話だった。博士の名前から取られた「ウドチョイス」とかいう油だった。 油は、私にはあまり関係の無い話だと思って聴いていた。私は、コレステロール値が高くて、10年来、病院の薬を飲んでいる。しかし、下がらなかった。そんな関係で、油分はなるべく摂らない様にしてきた。コレステロールが増えるような食べ物は、極力控えて、食生活には、結構気をつけてきた。 ところが、ウド博士は、講演で、「油は油でしか落とせない」、とおっしゃったのである。
思い出したことがあった。工事に来ていた人が、油まみれの手を、石油で洗っているのを見たことがある。石鹸では落ちないのだといった。驚いた。 体の中の脂も、そんな感じなのだろうかと思った。博士は、油には、良い油と、悪い油があるとも言われた。汚れを流す油と、血管に付着してしまう油である。 私は、賭けてみようと思った。人体実験だと思った。パンにつけ、納豆にいれ、サラダにかけ、味噌汁にも入れてみた。香ばしかった。火を使ってはいけないといわれていたので、生のままである。まさに、賭けだった。
500ccのビンを、2ビン食べた頃、気がつくと、視界が明るくなっていたのである。どうしたのだろう。テレビが、前よりずっとよく見える。障子の桟が見える。まさか、目がよくなっているのでは、と思うと胸が鳴った。
けれども私は、目のことで、油をとったのではない。コレステロール値に賭けてみたのだった。10年来下がらなかった、コレステロール値が、正常値になっていた。先生が不思議がられた。
しかし、コレステロールもさることながら、今の私には、この視界の明るくなった現実が、何よりも嬉しい。網膜の増殖が止まるか、減るか、していたら、どんなにいいだろう。 コレステロールのことばかり考えて、大切な油を摂らなかった。そのことが、視力を落とした、などということがあるのだろうか。雪がやんだら、眼科に行って来ようと思う。 年齢がいくつになっても、人間の体には必要な「油」、というものがあり、それが不足するとき、さまざまな体の軋みが生まれることを知らされたように思う。老化は、油の欠乏から始まるのかもしれない。