
とかく美人は腹黒い!?
美人とは、文字どおり美しい人である。何が美しいかといえば、とりあえず「見た目」、かお・かたち、容貌である。古いところで「妻を娶らば、才たけて、みめ麗しく」の「みめ」である。古今東西、これに弱くない男はいない。したがって、このところのテレビ報道にみるように、エライといわれる宗教家や政治家でさえ、美人の女優と結婚したがるのである。社会的実力(影響力)の度合いと、見た目・才能の度合いが均衡するということである。もちろん社会的実力がなくても、いい男といい女、つまり見た目の釣り合いだけで結ばれることも大いにありうる。ただの恋愛ていどなら、そっちのほうが圧倒的な多さだ。
まあ、誰がだれと結ばれようが「カップル同士の幻想」によるものだから(吉本隆明氏)、そのことはどうでもいいとして、問題は、いい男といい女の結びつきは意外に短いということである。なぜかなれば、いい男もいい女も、年を経るうちに「地金」が出てくるからにほかならない。夜目、遠目、傘の内だって美人の条件である。化粧、衣装、アクセサリーが「幻想」をもりあげてもきたのである。それらがすべて引き剥がされ、とりわけ「美人」の地金がおもてにあらわれたときは、この落差たるやすさまじく、怖くて恐ろしい。
恐ろしいものの正体「地金」とは何か。これは、美しいものの反対、「見にくい(醜い)もの」「見たくないもの」「みったくない・みっともないもの」にほかならない。見た目が外側であれば、見たくないものは内側ということになる。かお・かたち、ついでに才能ということになると、本誌の読者は先刻ご承知のとおり、からだの外側、解剖学者、故三木成夫博士のことばでいう体壁系である。そして内側は、内臓系になる。「地金」とはこの内臓系の別名といってよい。
内臓は、ふだん注目されることがない。あって当然、食べものが入って出るだけの道具ていどの認識しかもたれていない。その食べものの内臓との関わりが取りざたされることがない。早い話、料理のプロにきくと「料理は見た目、味、食感、のどごしまでが勝負」だという。学校給食の栄養士なら「カロリーと原価の計算」になり、どこまでいっても体壁の(あたまと手の)問題としてしか語られていない。そこで内臓は無視され、放置され、結果的に虐待されるという運命をたどることになる。無視され、虐待された内臓が反逆をおこす、あるいは「もうこれ以上は我慢ができない」と悲鳴をあげる。これが四百四病、さまざまな疾患なのである。
「地金があらわれる」四百四病は、ごくごく軽いもの、たとえば疲れや肌のくすみでもいい、ひいては不機嫌などから始まる。さらに便秘や生理痛ということに及べば、立派な「内臓」の故障である。これらはどう取り繕っても「美人」に似つかわしくないし、相手との「いい関係」に少なからず水をさしてくる。蔽われていた見た目と内臓の落差がなくなるにつれて、「カップルの幻想」は消滅していく。
ここでいいたいことは、ずばり「美人の腹黒さ」ということなのである。ただし「見た目の」美人という限定である。多くの美人はここどまりである。体壁と内臓の美を兼ね備えた美人は稀である。また、もうひとつ限定すれば、実際の腹のなかをのぞいたわけではないから、一滴の血液をガラス上にとり拡大して眺めた限りで、ということである。血液の中央部分が際立って黒いのを「内臓が汚れいる」「腹黒い」といっているのである。決して美人は計算高い、狡猾であるという意味ではない。したがって、「美人は腹黒い」というのはひとつの比ゆである。比ゆにすぎないけれど、私もそうかしらと、美人のひとは少し「内臓」を心配したほうがいいということである。
「内臓系を心配する」とはどういうことを意味するのか。内臓は文字どおり「内に貯蔵する」で「五臓六腑」を指す。もとは1本の腸管(はらわた)であったものに、生き残りのための溜め込み・貯蔵の場所がつくられた。それが「五臓六腑」である。食べもののたまり(胃)、栄養のたまり(肝臓)、小便のたまり(ぼうこう)、糞のたまり(大腸)、空気のたまり(肺)などである。三木さんは「こうしたたまりにガンができる。はきだめにウジがわき、水たまりにぼうふらが湧くように」といっている。したがってウジやぼうふらが湧くような環境をきれいにすることが、「内臓系を心配する」「内臓に心配りをする」ということになる。
内臓を生かすも殺すも「血液」以外のなにものでもない。血液が「きれいで丈夫」であることが健康の大原則である。かりに「腹黒い美人」であれば、この内側からの血液の浄化はまことに欠かせない一大事なのである。「美人薄命」などというのは今頃はやらないが、こと内臓系からみれば流れの悪い、古い血液が滞っている臓器ゆえに短命なることを意味している。けっしてほめ言葉でもなんでもない。
美人でかつ長寿であるためには、内臓(はらわた)からの美人であることがなによりの条件である。そのためにこそ、「浄化」が必要なのである。
阿部孝次
中央大学法学部卒。ジャーナリスト。
日米の代替医療、東洋医学、民間療法を取材。主な著書に、カッピング療法の原理と血液観察を解いた『バンキー療法を知っていますか?』(健康医学総合研究所刊)、翻訳と解説を担当した『沈黙の血栓』(中央アート出版社刊)、訳書として『決定版ゲルソンがん食事療法』(徳間書店刊)がある。
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