
「フロー・エッセンス+」は、4000年以上も前から、北米大陸のインディアンのあいだに伝わってきたハーブティーです。
原料である、ありふれた7種のハーブ(アカツメクサ、アカニレ、キバナアザミ、クレソン、ケルプ、ゴボウ、ヒメスイバ)は、ことさら珍しいものではありませんが、インディアン伝来のブレンドの仕方によって、不思議な相乗効果を生み、飲む人に強力な浄化解毒作用と、解毒、更には精神の安定をもたらし、人間誰もが持っている治癒力を高め、回復させるハーブティーとして、今や世界30数ヶ国以上で愛飲されています。
しかしこのハーブティーが製品化されるまでには、長い道のりがありました。人の善意と信念、中傷と迫害の歴史でした。
1890年代、滅亡の一途を辿っていたインディアンのオジブワ族からハーブティーを処方され、"手遅れ"の乳がんを治してもらった1人の白人女性がいました。彼女は、晩年、このハーブティーの製法を、カナダの看護婦、リーン・ケイス(1888-1978)に伝授します。医師から見捨てられた人々を救って欲しかったからでした。
リーンは、このハーブティーの効能に驚きを禁じえませんでした。看護婦としての確信と使命感が、彼女に新たな道を歩ませます。
医師から見放された人々に、彼女はハーブティーを無償で処方し始めたのです。不治と言われ、難病と宣告された人々のあいだに驚くべき現象が現れはじめました。しかし、評判が高まるにつれ、リーンに対する当局からの監視と規制は、厳しさを増してゆきました。
けれども、度重なるバッシングの嵐のなかにあって尚、「人を救う」という彼女の信念が揺らぐことは最後までありませんでした。91歳で亡くなるまで、ハーブティーで救ったいのちは、数百人にものぼりました。
再び引き継がれた命の灯り
看護婦リーンの博愛精神に裏付けられた不屈の魂に強い感銘を受けたひとりのジャーナリストがいました。カナダでラジオ番組の著名なキャスター、イレーン・アレグサンダー(1924-1996)です。
彼女はリーンの生涯を克明にたどり、その取材の結果をドキュメンタリーとして放送しようと考えたのです。リーンの死から6年経っていました。
番組は放送されるやいなや大反響を呼び、イレーンはその後の2年間を更なる取材に費やして特別番組を組みました。シリーズとして放送したのです。
1986年のことでした。インディアン秘伝のハーブティーは、一挙に大衆に知られることとなりました。
看護婦リーンの遺志を継ぎ、より多くの人に、このハーブティーの恩恵がもたらすにはどうしたらいいか。イレーンは考え、信頼できる企業に製造を託すべく探し当てたのが、メディカル・ハーブのトップメーカー、カナダのフローラ社だったのです。
白い花のメッセージ
インディアンのハーブティーは「フロー・エッセンス+」と名づけられて、2000年12月から日本でも手に入るようになりました。
そのパッケージには、原料のハーブではなく、何故か白い花が描かれています。絵心のあったイレーンの筆によるハナミズキの花です。
ハナミズキ種の中でもここに描かれたパシフィック・ドッグウッドは、カナダのブリティッシュ・コロンビア州の州花です。言い伝えによるとハナミズキは、キリストがはりつけになった十字架に使われた木であり、4枚の花びらは十字架、その花心はいばらの冠、花びらに微かに走る赤い線はキリストが流した血、と言われています。
ブリティッシュ・コロンビア州出身のイレーンが、この花に寄せた想いは何だったのでしょか。
この地の先住民であったインディアンへの畏敬の念と、ひとりの看護婦の気高い魂、そして彼らの遺産を同州のフローラ社が製造することになったという「縁」に、想いを深くしていたのだと思います。広大な原野で生き抜くために、遥かな昔から営々と培ってきた、インディアンの優れた経験と英知を、私たちはこのハーブティーをいただくことで、共に享受できるのかもしれません。
「フロー・エッセンス+」について詳しく書かれた小冊子(全28ページ)を
ご希望の方は からだ再教育研究会 03-3265-2300 までお問い合わせください。 | |